修復の世界 修復現場で利用する接着剤と樹脂
『膠(にかわ)』
古来より使用されてきた接着剤料。棒状になった物(三千本)や顆粒状(主にウサギ膠/別名:トタン膠)の物があります。主成分は、近年お肌にも良いとされるコラーゲン。タンパク質の一種で、動物や魚の皮を水で煮た液を乾燥させて作ります。日本絵画の多くは顔料にこの膠を混合し、接着剤として描画しています。
絵画などの修復作業においては剥離した絵の具の再定着や、定着の強化を目的としています。とくに絵の具層の厚い油画等の欠失部分には、炭酸カルシウムなどを混合したペーストを充填材として使用します。
『布海苔(ふのり)』
一見、畳イワシかインスタントラーメンの麺のようにも見えますね。でもこれは海藻の一種で、それを乾燥させたものです。生麩糊同様に、水を加えて常温で溶かすか、加熱して煮溶かして使います。溶けた接着剤は黄色実を帯び、修復の現場では仮着(一時的、または応急的な接着)剤として、痛んだ絵画表面の養生(表打/作品の表面に和紙等を張り付けて被覆すること)などを行う時に用いたり、絵の具の剥離箇所などに膠と混ぜて利用します。
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『生麩糊(しょうふのり)』
伝統的な表装作業、掛け軸や、巻き物、屏風や襖(ふすま)を作るためになくてはならない接着剤です。主成分は小麦粉からグルテンを取り除いたデンプン。原料はちょうど片栗粉のような感じの粉末です。これに、およそ体積比で3倍程度の水を加え、沸騰させないように、鍋の底を焦がさぬ様に、とろ火でゆっくりと煮溶かしてゆきます。煮上がったものを元糊として、これを適宜利用法に応じて水で希釈して使います。 ⇒作り方はコチラ
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『古糊(ふるのり)』
表装の作業には小麦粉の澱粉から作った糊が使用されますが、この糊を一定期間(5年以上)発酵、熟成させたものを『古糊』といいます。通常大寒の頃に製作した糊を瓶に入れて表面に水を貼り、密閉して保管しておくと、表面に黒い黴が生えてくるのですが、およそ1年ごとにこの黴を除去していくと、ある時期にまったく黴が生えなくなり、このとき古糊は完成します。古糊は、新しく作った糊にくらべて接着力は劣りますが、乾燥後の強張りが少なく、うまく調整して使うことによって、しなやかな表装を行うことが出来ます。表装作業においては、用途に応じて、この古糊と新しい糊を併用して接着力の調整をしながら使用しています。
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『Methil cellulose(メチルセルロース)』
木綿や人工繊維から出来た接着剤です。溶解前は白い粉末で、水に溶かして濃度の調整が出来、溶けると透明になります。
中性で保存期間も長く、可逆性能(もとに戻す、あるいは取り除けること)がよく、乾燥、接着後も水分を加えることで比較的容易に除去することが可能です。他の接着剤から比べると、接着力はあまり強力ではありませんが、仮着(一時的、または応急的な接着)や、薄い紙などの接着には有効です。前記の生麩糊に比べ、この樹脂自体は科学合成されたものであることから黴などの生物被害も受けません。
修復の現場では、紙を支持体とした作品の修理、欠失部分に補修を行う時に、版画作品等を額装する場合、固定の為のヒンジ付けなどに、さらに分子量の小さなものは、希釈して傷んだ紙などに含浸させて構造強化に利用します。分子量の異なるもの(接着力が異なる)が販売され、用途に合わせて利用しています。
『Acrylkleber 498 HV』
メチルメタクリレート、ブチルアクリレート系エマルション接着剤。水で希釈することが可能。水で溶解すると白濁するが、固化後は透明になり、塗幕には柔軟性がある。
布や紙などへの利用は、接着部分に塗布後、いったん乾燥させてからイロンなどで加温加圧して接着させることも出来る。固化後は有機溶剤で溶解できる。
アクリル絵の具の接着成分でもあり、比較的長期間安定する。濃度の高い状態で使用すると塗布部分は濡れ色を生じる。
『Paraloid B72( パラロイドB72)』
メチルアクリレートとエチルメタクリレート重合体。米粒ほどのペレット状で販売されている。現在のところ、他の合成樹脂から比べて永続的な耐久性、保存性が期待出来る(変化し難い)とされ、油彩画の修復における保護ニスや接着剤として、また、劣化した木材に含浸させて、構造強化剤としても利用されています。溶解するには有機溶剤が必要で、溶解すると無色透明になり、乾燥後も透明ですが、塗布の方法によって、対象に艶や、ぬれ色(樹脂が乾燥しても濡れたような状態になってしまう)が生じます。
ここ数年、様々な修復現場で利用されることが多い様ですが、その一方で、可逆性や溶解力の強い有機溶剤を必要とする使用方法等々、種々の問題もあり、今もなお利用には注意が必要で、利用条件を良く考慮し、限定的な使い方をする必要があります。
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