文責:師田信人(独立行政法人 国立成育医療研究センター 脳神経外科医長)
1●髄液(脳脊髄液)と脳室
頭の中には何が入っているでしょう?
もちろん脳がありますね。大脳とか、小脳とか。血管や神経もあります。まあ、それくらいは常識、常識。
でも、水を溜めるところもあるといったら、ちょっとビックリしませんか?
「頭に水なんか入ってるの?」
はい、あるんです。頭の中にある水のことを、正式には「脳脊髄液」といいます。これは脳と脊髄(その両方で中枢神経系を構成しています)の中と表面にこの液が存在するからで、通常は略して「髄液」と呼ばれています。
もう少し詳しく、この髄液の存在する脳というものを解剖してみましょう。
脳と脊髄は全体を丈夫な膜で覆われています。これを「硬膜」と呼びます。硬膜の下には表面の滑らかな膜があり、内部はくもの巣のように網目状になり、脳・脊髄表面の血管を支えています。これが「クモ膜下出血」で悪名高い「クモ膜」です。実際の手術の際に顕微鏡下に見るクモ膜はとてもきれいなもので、「『神』さまがいなければ創れない」と、思わず感激してしまうほどに芸術的です。
このクモ膜の下には脳・脊髄表面を直接覆う軟膜と呼ばれる膜があります。字のとおり、とても薄く柔らかい膜です。
脳になんの問題もない、正常な人の場合、硬膜とクモ膜の間には何もありません。クモ膜表面と軟膜の間はクモ膜の網目が走り、脳表の血管がクモ膜によって固定されています。
さて、脳の実質、すなわち脳� ��のものはこの軟膜の下に存在します。そして、脳の中で、髄液を貯留している部分を脳室といいます。いわば、脳室とは脳の貯水場みたいなところです。
2●水頭症ってなに? 水頭症の診断方法
水頭症とは、読んで字のごとく、頭の中が水浸しになることですが、水浸しというとちょっと表現がオーバーですね。実際には髄液の産生(普通、「生産」と言いますが、医学の世界では「産生」と言います)・循環・吸収などの異常により、「脳室が正常以上に大きくなった状態」を指します。
髄液が正常以上に産生されその吸収が追いつかないとき、あるいは何らかの原因で(生まれつき、あるいは生後二次的に)髄液の循環路が閉塞したりすることによって、脳内に過剰に髄液が貯留して、水頭症になります。
では、医者はどのようにして「この脳室は正常以上に大きい」「この人は水頭症だ」と、診断するのでしょうか。
現在ではCTなどの画像で診断することが一般的です。脳室の幅と脳の横径の比率をはかって� ��頭症と診断します。また、髄液の循環・吸収障害により脳室周辺部が画像の上で黒く見えること(専門的にはこのゾーンを「傍脳室部低吸収域」と呼びます)も、水頭症を疑わせる所見となります。
髄液が脳に過剰に貯留すると、脳の圧が高くなります。そのため、頭蓋骨がまだ固まりきらない乳幼児期に水頭症になると、頭囲が拡大=頭が大きくなってきます。乳児検診のときに必ず頭囲を測定し、母子手帳の頭囲成長曲線にその数値を記していくことは、最も単純かつ有効な水頭症の発見方法です。
3●脳室の構造とその大きさ
先ほど言いましたように、脳室とは脳のなかで髄液を貯めておく、貯水場のようなところです。しかし、「貯める」という表現はちょっと正確でありません。というのは、髄液は常に産生され、脳内から脳・脊髄表面を循環し、吸収されているからです。
脳室は4つのパーツからできています。まず、左右の大脳半球内にある側脳室(左、右各一つづつあります)、それから、両側側脳室とつながっていて、より尾側の正中(=まん中)に位置する第3脳室、それよりもさらに尾側(=足の方)にあって、小脳と脳幹に囲まれた第4脳室があります。
脳室の大きさには一応「正常範囲」と呼ばれるものがありますが、人それぞれの顔が違うように、脳室の大きさも形も、個人個人で異なります。
また、同じ人でも、生誕直後→� �児期→成人→老年と進んで行くに連れて、形が異なってきます。
水頭症の場合、脳室が大きくなって周辺の脳を圧迫します。逆に「脳萎縮」と呼ばれる状態などで脳自体の圧が低くなっても、脳室は大きくなります。
一方、水頭症の治療方法であるシャント(後述します)によって髄液が流れすぎたとき、あるいは脳出血や頭部外傷で脳が腫れるなどして脳自体の圧が高くなった時には脳室は小さくなってしまいます。
4●髄液の産生・循環と吸収
水頭症では脳室内に髄液が貯留し、脳室が拡大すると言いました。では、この髄液はどこで産生され、どう循環して、どこで吸収されているのでしょうか?
このことは非常に基本的な質問であるにもかかわらず、驚くべきことに、いまだにその詳細は完全には明らかになっていないのです。しかし、髄液の流れの本流、というか、大まかな流れはわかっています。
髄液の大部分、約70%近くは脳室内にある「脈絡叢」(みゃくらくそう)という組織で産生されます。脈絡叢の大部分は左右の側脳室にあります。第3脳室、第4脳室の天井側にも少量存在します。
「叢」という字から想像できるように、草むらのようなふわふわとした組織で、太めの血管から網目状の血管に至るまで、血管の成分に富んでいます。ちょっと乱暴� ��言い方をすれば、この血管から液状成分が分泌されて髄液になるわけです。
髄液の産生量は正常の成人で一日大体400-500mlです。ちょっと古い人には昔の牛乳瓶2本分くらい、というと具体的なイメージがわくみたいです(紙パックだと、最近はサイズがいろいろあるので、「中くらいの」なんていってもピンときませんよね)。通常の脳内、脳・脊髄表面の全髄液量は約120-150mlといわれていますので、髄液の産生量が400-500mlということは、一日に3回分、入れ替わっている計算になります。
産生量は、脳や周辺の状態によっても変化します。脳室内の髄液の圧が上がると産生は抑制されます。また、髄膜炎のような炎症反応を生じると産生が増加します。脈絡叢に由来する脳腫瘍ができると、髄液が過剰産生され、それによって� �頭症をきたすことが知られています。
左右の側脳室内にある脈絡叢で産生された髄液は第3脳室に流れます。側脳室と第3脳室のあいだには、左右各々に「モンロー孔」という穴があり、ここを髄液が通過していきます。アメリカの有名な女優さんの名前で覚えてください。本当は18世紀のスコットランドの有名な解剖学者アレクサンダー・モンロー(Alexander Monro 1733-1817)に由来した名前です。
さて、第3脳室に流れ込んだ髄液は第4脳室に流れていきますが、両者は「中脳水道」という大変細い通路で結ばれています。
第4脳室に流れ込んだ髄液は今度は尾側端正中にある穴(マジャンディ孔)と左右にある穴(ルシュカ孔)から脳表、脊髄表面に流れ出ていきます。
脳表・脊髄表面を循環した髄液は頭頂部の硬膜にある「クモ膜顆粒」という組織により吸収され「静脈洞」(硬膜に囲まれた特殊な静脈)に入ります。この頭蓋骨の正中直下を走行する静脈洞は脳内では一番太いもので「上矢状静脈洞」と呼ばれています。
ここまで見てきた、髄液の主要な産生、吸収の循環経路のどこに異常が生じても、水頭症になります。極端な例で言うと、脳内には何も異常がなくても、頭 蓋骨の異常で静脈洞が圧迫されても水頭症になってしまうことがあるのです。ひとくちに水頭症といっても原因は多種多様、ということです。
5●水頭症の原因
では、もう少し具体的に水頭症の原因をみていきましょう。
初めに髄液の産生から吸収まで順にそってお話していくことにします。
まず、極めて稀なことですが、髄液を産生する脈絡叢に腫瘍ができ、髄液が過剰産生されて水頭症になることがあります。この場合は髄液の循環路の閉塞はなく、循環路自体はきちんと交通しているので「交通性水頭症」といわれます。
側脳室のモンロー孔周辺部に腫瘍ができると、モンロー孔が閉鎖されて水頭症になります。初期には片方の側脳室だけが拡大します(一側性水頭症)。腫瘍が増大したり、脳室拡大が進行すると対側のモンロー孔も閉鎖され両側側脳室が拡大した水頭症になります。一側性の水頭症は、先天的に一側のモンロー孔が閉鎖されている場合にも生じます。
第 3脳室内に腫瘍ができても、できる場所によってモンロー孔が閉鎖されたり、中脳水道の入り口が閉鎖されて水頭症になります。前にお話しした脳室の構造をちょっと思い出してみてください。モンロー孔が閉鎖されれば両側の側脳室が拡大します。中脳水道の入り口が閉鎖されれば両側側脳室と第3脳室が拡大することがわかりますね。